変貌したマイルドセブンの丘 伐採後の現在地と試される観光の未来
マイルドセブン の 丘。なだらかな丘陵地帯が地平線まで広がる北海道美瑛町において、かつて昭和から平成にかけて日本中の人々を魅了した風景の象徴だ。防風林として植えられた一列のカラマツ林が織りなすシルエットは、夕陽が沈む空のグラデーションと溶け合い、一枚の絵画のような静寂を漂わせていた。しかし、時代が令和に移り、観光客を取り巻く環境や景観のあり方が大きく変わりつつある。
美瑛特有の広大な農地が美しいモザイク模様を描く「パッチワークの路」を巡るルートでも、かつて圧倒的な存在感を放っていたマイルドセブン の 丘の現在の姿には、多くの訪問者が目を見張る。数年前に行われた大規模なカラマツの伐採を経て、その姿は劇的に変化した。現地の「今」はどうなっているのか、そして地域の観光業や農家が抱える課題とは何なのか。現地取材で見えてきたリアルな姿をお届けする。
一世を風靡したテレビCMの記憶と歴史

この丘が全国区の知名度を獲得したきっかけは、1977年に放映された日本たばこ産業(当時は日本専売公社)の「マイルドセブンテレビCMキャンペーン」だった。画面いっぱいに広がる北の大地の壮大なスケール感と、洗練された映像美。テレビCMの影響力は絶大で、旅人を一気に引き寄せた。たばこの銘柄名が「メビウス」へと変わった後も、昭和の旅愁を漂わせるそのロケーションは変わらず愛され続けた。
日本における風景写真の魅力を広く伝えた写真家・前田真三の作品群も、北海道美瑛町の認知度向上に決定的な役割を果たした。彼のレンズが切り取った丘の表情は、多くの写真愛好家を現地へと駆り立てた。単なる農村地帯に過ぎなかった場所が、一躍日本を代表する絶景スポットへと変貌を遂げた歴史的背景には、メディアとアートの強力なシナジーが存在していたのだ。
木々の伐採を経た現在のリアルな姿と絶景の現在地

かつて横一列に整然と並び、冬にはパウダースノーの白銀世界で幻想的な影を落としていたカラマツ林。その象徴的だった木々は、2018年秋から2019年にかけて大部分が伐採された。現在、現地を訪れると、かつてのポスターで見たような途切れない一本ラインの木々は姿を消している。残された一部の樹木が、過去の面影をひっそりと伝えるのみだ。
伐採の決断を下したのは、観光地化されるずっと前からこの土地を所有・管理してきた地元の農家である。樹木の寿命や倒木による農作業への危険性、さらには作物の日陰問題など、農業経営上の切実な事情があった。観光客にとってはショッキングな変化であったかもしれない。しかし、ここはテーマパークではなく、生きている農地だ。木々が減った現在でも、波打つ丘の地平線と広大な北海道の空が織りなす空間美は健在であり、新たな風景のあり方を静かに主張している。
マナー問題と私有地保護:農家と観光客の葛藤

木々が伐採された裏には、長年にわたって積もり重なった観光客のモラル欠如という深刻な背景もあった。写真映えを求めて私有地である畑へ無断侵入する足跡が絶えず、丹精込めて育てられた作物が踏みに荒らされる被害が相次いだ。オーバーツーリズムが生み出した爪痕は、農家の心を深く傷つけた。
美瑛町役場や地元関係者は、以前から多言語による看板設置や巡回呼びかけを実施してきた。しかし、SNSの拡散スピードに伴う訪問者の増加に防衛策が追いつかない現状があった。北海道美瑛町の美しい景観は、厳しい自然と背中合わせで働く農家の日々の営みによって維持されている。農業と観光業がどう健全に共存していくかという課題は、いまや全国の観光地が直視すべき重い問いとなっている。
パッチワークの路を巡る:マイルドセブンの丘へのアクセスと周辺ルート
現地を訪れる際のアクセスポイントを押さえておこう。マイルドセブンの丘は、JR美瑛駅から車で約10〜15分ほどの距離に位置する「パッチワークの路」エリア内にある。ドライブコースとして非常に人気が高く、レンタカーやレンタサイクルを利用して周遊するのが一般的だ。自転車の場合はアップダウンが激しいため、電動アシスト付き自転車の利用を強く推奨する。
周辺には「セブンスターの木」や「ケンとメリーの木」など、同じく昭和の名作CMで知られるスポットが点在している。しかし、どのスポットも共通して道路幅が狭く、路上駐車が通行の妨げになりやすい。見学時には必ず指定の駐車スペースを利用し、近隣の農作業車両の通行を優先する心構えが求められる。
訪問前に知っておくべき撮影ルールと現地での留意点
現地でのトラブルを防ぎ、誰もが気持ちよく素晴らしい風景写真を楽しむためには、徹底すべき基本マナーが存在する。第一に「アスファルトの道路上から出ない」こと。畑との境界線を示すロープや標識がある場合はもちろん、何もない場所であっても一歩足を踏み入れれば私有地侵入となる。足裏に付着した病原菌が作物を全滅させるリスクもあるため、畑への立ち入りは絶対厳禁だ。
また、ドローンを用いた空撮についても厳重な規制が敷かれている。美瑛町では無許可のドローン飛行を厳しく制限しており、プライバシーや農業作業への配慮が欠かせない。早朝や夕刻の撮影においても、大声での会話やゴミのポイ捨てを慎み、静寂な環境を保つ配慮が求められる。
風景写真が問いかける美瑛の未来と持続可能な観光
かつて前田真三をはじめとするフォトグラファーたちが愛した美瑛の丘。時代とともにその形を変えながらも、大地そのものが放つダイナミズムは今もなお人々を惹きつけて止まない。マイルドセブンの丘が辿った経緯は、観光資源としての景観保全がいかに繊細で難しいかを示している。
過度な観光地化によって失われる風景がある一方で、敬意をもった訪問者によって守られるカルチャーも存在する。私たちは「見せるための観光地」ではなく、「生きている農村」を訪問しているという原点を忘れてはならない。形を変えた丘の前に立ち、吹き抜ける風を感じるとき、持続可能な観光業の答えが静かに浮かび上がってくる。 (出典: マイルドセブン の 丘(Yahoo!ニュース))